サリエルの命題 楡周平

LINEで送る
Pocket

「いま、我々が直面しているのは、近代医療がはじめて直面する最大の危機といっても過言ではありません」by 木下

サリエルとは
「神の命令」という名の大天使(アークエンジェル)であり、死を司る。
医療に通じ、癒す者とされる一方で、一瞥で相手を死に至らしめる強大な魔力、「邪視」の力を持つ堕天使。
この名前がついた新型インフルエンザウイルス。
そのウイルスがもたらす命題(判断)とは…

少子化は正しい、問題は長寿だ

【あらすじ】
東京オリンピックを目前にした日本。
研究者の笠井は東アジアウイルス研究センターからアメリカアトランタにあるCDC(疾病管理予防センター)に派遣され日々インフルエンザウイルスを研究している。

突然、日本に呼び戻された笠井は上司から、インフルエンザウイルスの研究が生物兵器としてみなされると、研究の中止=クビを通告される。
名誉理事長の八重樫の命令だった。
八重樫はこの先、学士院院長や文化勲章を狙っており、生物兵器=テロに繋がるような研究を認めなかったのだ。

同じ頃、秋田県の山間部の寒村に住む野村は今年70歳を迎える。
野村も八重樫によって人生を閉ざされた一人であった。
新聞に八重樫の生い立ちがエッセイ風に連載されている記事を見て当時の事を思い出したのだ。
30歳で当時助手だった野村には互いに思いを通わせている女性が居た。
両家の子女であり東大に転じてきた貴美子である。
野村が幼なじみの記者に頼まれグラビア写真が多く載っている週刊誌に記事を掲載したのだった。
それが教授八重樫の耳に入り、地方の大学の助手として飛ばされたのだった。
暫くは貴美子と手紙のやり取りをしていたが、途絶えるようになり最後の手紙には学生運動に参加し逮捕された男性と交際していることを親にとがめられ、八重樫と結婚することが綴られていた。
その後野村は助手のままで助教授にもなれず、研究論文を送っても不採用になるばかりだった。
これも八重樫が手を回していたのだった。

そんな野村は世界中のウイルス研究者が情報交換を行うサイトで「教授」と呼ばれ、若者に適切なアドバイスをしていた。
ある日、サイトをにアクセスすると未読のファイルがあった。
タイトルは「SARIEL」(サリエル)
極めて感染性が高く毒性の強い新型インフルエンザについての研究報告書だった。
野原はプリントアウトをしてサイトで「もう一人の教授」と呼ばれているレイノルズに見解を聞きたくて送ったのだった。

暫くしてレイノルズから連絡がありニューヨークに会いに行く野原。
そこで見たものは、レイノルズが人工的に作った「サリエル」だった。
レイノルズは前立腺がんに罹っていて余命がわずか。
この「サリエル」に人々が次々に感染し、亡くなっていくと
人々はどんな行動をとるのか。
為政者はどんなアクションを起こすのか。
人間の本性が全てあらわになるその時をこの目でみたいと野原に告白する。
野原はある決意をする。
あの男に…サリエルを…。

八重樫は毎年勤労感謝の日を挟んで一週間、両親の墓参りのため生家のある黒川島に帰る。
黒川島は過疎高齢化が進んでいる。
八重樫は島で唯一の雑貨店からアメリカから自分に宛に来た封書を開封した。
その夕方から大型低気圧で3日間島には定期便が来ず、孤立していた。
3日後、島民全員が新型インフルエンザでの死亡が確認された。

レイノルズから野原に電話がかかる。
離島で隔離されていたためにパンデミック(広範囲に及ぶ流行病)にならなかった。
もう一度、サリエルを使いたい。
野原にアメリカに来てサリエルを持ってきて欲しいと懇願する。
承諾をした野原だが、アメリカには行かなかった。
そして彼もまた肺がんに罹っていて余命はわずかだった。

黒川島の新型インフルエンザから2か月半。
宮城県の山間部鈴森町で第二のサリエルが発症する。
それも黒川島のウイルスが進化したものだった。
病院に運ばれてまもなく脳症の症状がでた。
事は政府官邸にも知らされた。

日本にはインフルエンザの特効薬「トレドール」が150万人分備蓄されている。
副作用の危険を伴うので製造・販売には至っていない。
鈴森町の病院で院内感染者が出た。
即座にトレドールが配布され服薬した。
そして近隣の市内でサリエルが発症する。

トレドールが150万人分しかないことで首相官邸では大激論になった。
限られたトレドールを配布する基準はどうするのか?
実は厚生労働省は「パンデミックワクチンの接種順位の考え方」について見解を出している。
「まず新型インフルエンザ患者の診療に直接従事 する医療従事者から順に接種を行うこととする」
一般人においてはどうするのか?
人命の重さを国が決めるのか?
次世代を担う者からという意見に対して「高齢者を見殺しにするのか」
「有権者から見放されて票が取れない」など罵声が響く。
今の医療制度では国の赤字が増え続けるばかり…。
トレドールの配布を皮切りに日本の医療制度や社会保障制度そのもののあり方を議論にも発展する。

政府の記者会見ではパンデミックワクチンについての質問が相次いだ。
このまま新型インフルエンザ「サリエル」は都市部にまで拡がっていくのか?
政府はパンデミックワクチンについてどう対応していくのか?

【感想】
あらすじがものすごく長くなってしまったのですが、サリエルが発症する過程は丁寧に説明したいと思ったのです。
いやいや、もう一気に読みました。
与党の若手議員と熟年議員とは意見が対立します。
「薬が限られていて孫か自分かどちらかにしか渡らないとすれば孫を優先する」
と、理屈では分かっていても「有権者」と考えると高齢者を切り捨てることは自分の政治生命が終わってしまう…と大反対。
そして事は日本の医療制度の矛盾と社会保障制度が破綻してしまう前に見直しが必要なのではないか…という今、日本が直面していて見ないふりをしている案件が取り上げられています。
いつでも起こりうる問題提起がされていると感じました。
論議の中で「たった2週間のオリンピックに予算以上に膨れ上がった経費をかける必要があるのか? そのお金でトレドールを作った方が良いのではないか?」
という箱もの行政に対する疑問もあぶりだしています。
とても骨太な小説でした。
ただ一点、サリエルが鈴森町で発症したのは何故なのか?
単純に野鳥が感染源なのか?
それとも実は野原が…。
そこが曖昧だったのが気になりました。

実際にパンデミックワクチンに関する厚生労働省の見解が出されているので興味のある方は下のリンクから見てください。

厚生労働省 パンデミックワクチンの接種順位 の考え方等について

講談社
426ページ
2019年6月18日第1刷発行
本体価格 1850円
電子書籍あり

著者 楡 周平(にれ しゅうへい)
1957(昭和32)年岩手県生れ。
慶應義塾大学大学院修了。
1996(平成8)年、米国企業在職中に執筆した『Cの福音』が、いきなりベストセラーとなり、衝撃のデビューを飾る。
翌年より執筆に専念し、時代を先取りしたテーマと幅広い作風で、つねに話題作を発表し続けている。

著書『Cの福音』を始めとする朝倉恭介シリーズ(全6冊)
『マリア・プロジェクト』
『フェイク』
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京』
『プラチナタウン』など多数

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください