僕はかぐや姫/至高聖所 松村栄子

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「女らしくするのが嫌だった。優等生らしくするの嫌だった。人間らしくするのも嫌だった」by 裕生

千田裕生は高校2年生。
「17歳」が至福の年だと謳歌する裕生。
普段は自分のことを「僕」と言う文芸部の部長。

文芸部の部員は皆、自分のことを「僕」と呼ぶ。
裕生の学校は女子高。
文芸部の部室ではいつも珈琲の香りが漂う。
裕生は彼氏がいたが別れ、今は同じ学年の穏香に惹かれている。
穏香に「僕っていう事が自然なのか」と問われ
違和感を感じている自分に気が付く。

合宿で好きな本を紹介しあうときに
裕生は他の部員と被らず且つありきたりではない
「かぐや姫」を推す。
小さい時に買ってもらった紫色の表紙の「かぐや姫」が好きだった。

元彼の藤井と裕生は偶然出会い喫茶店に入る。
藤井は少し早いけどと裕生に誕生日プレゼントを渡す。
それは絵本の「かぐや姫」だった。
藤井は別れ際に
「かぐや姫って結局、男のものになんないのな」

裕生は僕という殻を脱ぎ捨てようとしていた。

 

 

 

 

 

【感想】

想像していた話と全く違っていました。
「僕」から勝手に男の子が主人公と思いこんで読み始めると
女の子が主人公の、いや女の子達の話でした。

17歳…自分って何だろう?
そう思うと同時に自分は正しい。
本当に正しい?
そんなことを思う時期なんだなぁ。

私自身も自分のことを「僕」と呼んでいた時期があったので
裕生達には違和感なくすんなりと入っていけました。
冒頭にも書いた「女らしくするのが嫌だった」
私は幼少の頃からその思いが強くありました。
祖母からは常日頃から「女の子のくせに…」と言われて辟易していたんです。
祖母への反発から「僕」と呼んでいたのは小学6年生の時。

その呪縛は今なお健在で「女らしい」服装をするのは
まだ抵抗があります。
主人公の裕生ほど透明で純粋ではありませんが
思春期にある「自分とは?」と問う裕生に
かつての自分を重ね合わせて読みながら懐かしさを感じました。

 

 

 

 

 

ポプラ文庫
212ページ
2019年3月1日第1刷発行
本体価格640円
電子書籍あり

著者 松村栄子
1961年静岡県生まれ。
筑波大学比較文化学類卒業。
出版社、コンピュータソフト商社勤務を経て、
1990年「僕はかぐや姫」で海燕新人文学賞受賞、同作品で三島由紀夫賞候補。
「至高聖所(アバトーン)」で1991年度下半期(1992年1月)芥川賞を受賞。

著書
「紫の砂漠」
雨にもまけず粗茶一服」
「詩人の夢」他、多数

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