塩田武士「罪の声」

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「2017年マイベスト本」

福岡県 ラジオネーム snow

私の2017ベスト本は
悩みに悩みましたが、塩田武士さんの「罪の声」にします。

⑴ この本のオススメどころ

かつて世間を騒がせた「グリコ・森永事件」がモチーフになっているフィクションですが、まるでこれが真相なのでは…と思えるほど、綿密な構成で、グイグイ引き込まれました。もちろん、登場人物をはじめ、事件の筋書きは、作者である塩田さんの創作ですが、それ以外の部分は、極力事実に基づいているから、作りものとは思えないのです。

少しずつ真実が明らかになるにしたがって、事件に関わりながらも、何も知らずに普通に生きてきた子ども、大人の勝手な思想や欲望の犠牲となり、ひっそりと影を潜めて生きざるを得なかった子ども、二つの人生の対比が際立ちます。

ミステリーとしても、人間ドラマとしても、実に面白い一冊でした。

⑵この本との出会い

本屋大賞にもノミネートされてましたが、やはりホンスキーのお友だちの強いおススメがきっかけです。

⑶今年読みたい本

2018年は、とにかく積読本を消化したいです(^^;; 塩田さんのほかの作品も読みたいのですが、湯本香樹実ゆもとかずみさん、彩瀬まるさん、辻村深月さんなど、気になる女性作家さんがいっぱいです。

♪グリコ・森永事件

1984年3月の江崎グリコ社長を誘拐して身代金を要求した事件を皮切りに、江崎グリコに対して脅迫や放火を起こす。その後、丸大食品森永製菓ハウス食品不二家駿河屋など食品企業を次々と脅迫。現金の引き渡しにおいては次々と指定場所を変えたが、犯人は一度も現金の引き渡し場所に現れなかった。犯人と思しき人物が何度か目撃されたが逃げられてしまったため、結局正体は分からなかった。

その他、1984年5月と9月、1985年2月に小売店で青酸入り菓子を置き、日本全国を不安に陥れた。

1984年4月12日警察庁広域重要指定事件に指定された。

2000年平成12年)2月13日に東京・愛知青酸入り菓子ばら撒き事件の殺人未遂罪が時効を迎え、全ての事件の公訴時効が成立。警察庁広域重要指定事件としては初めて犯人を検挙出来なかった未解決事件となった。

 

 

企業への脅迫状とは別に報道機関週刊誌などに挑戦状を送りつけ、毒入り菓子をばらまいて社会一般を騒ぎに巻き込んだことで、評論家の赤塚行雄から劇場型犯罪と名付けられた[1]

 

 

♪講談社book倶楽部より引用

著者 塩田武士さんのインタビュー

着想を得たのは16年前、大学生のとき

グリコ・森永事件が起こったのは僕が子供のときですが、警察が公開したキツネ目の男の似顔絵には強烈な印象がありました。事件当時、母親から「勝手にお菓子食べたらあかんで」と言われたことも、よく覚えています。

でも、事件のことを詳しく知っているわけではなかった。

大学の食堂で、たまたまグリコ・森永事件関連の本を読み、初めて犯行に「子供の声」が使われたことを知ったんです。

とても大きな題材ですから、大学生の自分には書けるわけがないことはわかっていました。大学卒業後、僕は新聞記者になりましたが、作家になるための社会勉強をしたいという思いもあったんです。この小説のプロローグを思いついたのは、新聞記者になって警察回りをしていた頃です。

普通の生活を送っていた主人公が、ある日自宅で録音テープを見つけ、聴いてみると、子供の頃の自分の声が入っている。

しかも、過去の凶悪事件で使われていた音声だと気づくんです。

誰かがこのネタを思いついて、先に書いてしまうんじゃないかという恐怖がずっとありました。書きたいと思いながらも一向に書けない。

違うものを書き続けて、2010年、僕が31歳のときに小説現代長編新人賞を受賞してデビューするに至りました。

「これ、どこまで本当なの?」

実は新人賞をいただいたとき、いよいよグリコ・森永事件について書けると思って、編集者の方にアイディアを話したんです。

そうしたらズバッと言われました。「いまの塩田さんの筆力では書けません」って。ただし、「よそでは書かないでください、うちのネタです」とも言われて。

そして、「書くべきときがついに来た」と言われたのは、僕の8作目の小説『拳に聞け!』を書き上げたあとでした。「これまでの8作で個人の人生が書ける作家であることはわかりました」と――。

でも、僕は断ってしまった。あれだけ書きたかったのに、もっと準備が必要なんじゃないかと恐くなったんです。

もう一度お願いされて、よく考えたら、自分にベストのタイミングでことに当たれるなんて、あまりない。背伸びの状態で何かをつかみとらなければいけないんじゃないかと思ったんです。

主人公は、子供の頃の自分の声が凶悪事件に利用されていたことを知り、その未解決事件を調べ始めるのですが、子供という宝物を、親が犯罪に使うことが僕には信じられなかった。怒りすら覚えました。

そういう気持ちが芽生えたのも、子供が生まれたからです。

グリコ・森永事件の犯人は、企業への脅迫状は、世間に公開されないことを見越していたからか、えげつない文言が並んでいる。

彼らは義賊でもなんでもなく、目的は単なる金だったと僕は考えています。

この『罪の声』は、発生日時や場所、挑戦状や脅迫状の文言、報道内容に関しては、史実通りに書いています。

事件の現場をいくつも取材して、犯人の息遣いを感じ、ノンフィクションとフィクションの境をあえて曖昧にして書いていきました。

本作を読んだジャーナリストから電話をいただいたんですが、第一声が「これ、どこまで本当なの?」。僕は、取材の過程で作品に描いたような推理が成り立ったことを説明しましたが、その一方であの犯罪のあとには、いくつもの哀しい人生があったのではないかと思っています。

とりわけ事件に利用された子供は、どのような人生を送ったのか……。そういうことに思いを馳せるところに、いまあの事件を取り上げることの意味があると思うのです。

「犯人を追いつめること」が目的ではない

 

この小説のもうひとりの主人公が新聞記者で、英検の準一級を持っており、彼が取材でロンドンを訪れるという設定にしました。

それで僕も準一級を取ってからロンドンに行った。

そうしたら意外としゃべれないことが判明して(笑)、小説の中では、取材で聞くことを英文であらかじめ用意してロンドンを訪れたことにしたんです。

連載が終わるまで、ほかの仕事はいっさいしないで、これ一本に集中しました。そうやってようやく連載原稿を書き終えたのですが、そこから単行本までがまた大変でした。

全員に指摘されたのは、「“テープの子供”について、もっと思考を深めて」ということ。

結局僕は、主人公のひとりである彼の全パートを、「このシーンで得る情報」「心理描写」「背景説明」など最小単位にまで分解し、その表を床に並べて、「どこに無駄があり、何が足りないか」を毎日考え続けた。そうしてようやく答えを見つけました。

連載時は、昭和の大事件の「犯人を追うこと」に囚われて「平成の小説家が書くべきはそこではない」「この事件の新しい視点とは『子供の人生』なんだ」という基本から離れてしまっていたんです。

その筋が見えてから、改稿は一気に進みました。事件を追う新聞記者と、過去に追われる“テープの子供”というコントラストが際立ち、後半の展開がさらに加速して物語が深まった。タイトルも『最果ての碑』から『罪の声』に変え、どの世代の人が読んでも楽しめる社会派エンターテインメント小説になったと思います。

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