原田マハ 「本日はおひがらもよく」

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「おすすめのお仕事本」

大阪府 ラジオネーム 四十路の働き蜂

原田マハ 「本日はおひがらもよく」

①この本のおすすめどころ

スピーチライターというお仕事に焦点を当てています。

スピーチライターとは、演説する人のために原稿を書き、声の抑揚や話し方、ジェスチャーのアドバイスをするお仕事。政治家の演説が多い欧米では、スピーチライターが原稿を書くのは一般的なことなんだそうです。

『本日は、お日柄もよく』でも政治家、野党のスピーチライターが出てきますが、聴き手の心に響く言葉の選び方って、とっても大事なんですよね。

言葉選び一つで聴き手の心が離れたり、引き寄せられたりします。

日本ではまだ珍しいですが、言葉の持つパワーを最大限に活かす、そしてそのための力量が問われるお仕事。

決して表には出てこないけど、こんなお仕事もあるというのを知るきっかけになりました。

この小説は、ひとりのOLがカリスマ・スピーチライターに弟子入りし、奮闘していく成長記ですが、「良いスピーチをするにはどうすればよいか」ということも随所に描かれていています。「話し方」のビジネス書や自己啓発本にも匹敵する本と言えるかもしれません。

 

② この本との出会い

書店で偶然手にしました。

 

③お仕事エピソード

展示会での説明員や得意先様向け技術研修会での講師、営業マンと一緒に商品提案など、自分の会社の製品を広く知ってもらって、購入していただくための仕事をしています。

そのため、“人前で話すのがお仕事”と言えるかもしれません。

この仕事になってから『話す内容のメモや原稿は作るけど、その場では一切見ずに、噛み砕いて自分の言葉で伝える』ということを普段から気をつけています。

他の方が原稿を棒読みしてた時、聴き手に寝ている人や聞いていない人が沢山いたのを見て、『原稿の棒読みはアカン』と実感しました。そしたら、似た話が『本日は、お日柄もよく』に出てきてたので、びっくりしました。

♬原田マハ

原田マハ公式サイト

自伝的プロフィール

東京都小平市に生まれる。

3歳のころから絵を描き始め、幼稚園児の頃は兄(原田宗典)と競い合うように児童書を読みあさる。お気に入りの本は「ドリトル先生」「シートン動物記」。

好きなアーティストはパブロ・ピカソ(自分のほうが絵の腕前は上だ、などと思っていた)。

小学6年生のとき、百科事典や美術書などのセールスマンをやっていた父の仕事の転勤によって、岡山へ。

フォークバンドを結成し、自作イラストつき恋愛小説、少女マンガを書くなど、かなり進歩的な10代を過ごす。

1981

関西学院大学文学部入学。当初、ドイツ文学科に所属したが、あまりにもドイツ語ができなくて日本文学科に転科。おかげで、明治―現代の代表的な小説をほぼ読破。

就職活動の足しになればと、4年生のときにグラフィックデザインの専門学校に通う。

のちに、阪神大震災で崩壊する運命となる西宮のアパートで、友人と共同生活を送る。このころ、その友人と共著で、少女マンガ「ロマンチック・フランソワ」を「りぼんまんが大賞」に投稿、最終選考に残るもあえなく選外に。

実家は大学1年のときに、岡山から東京へ移住。

1985

関西学院大学卒業。卒論は「谷崎潤一郎:痴人の愛」。就職先がみつからなかったので、そのまま西宮に居残り、バイトをしながら専門学校を卒業。

1986

東京でコピーライターをやっていた兄に呼び戻され、東京へ。

広告プロダクション二か所で勤務するも、あまりの激務に音を上げ、退職。

もともと好きだった現代アートの世界に目覚め、独学で現代アートについて学ぶ。この頃、資金も才能もないのに「ニューヨークへ留学>キャリアアップ」の妄想にかられる。

1987

兄が小説家デビュー。子供の頃からの夢をかなえた兄の根性と才能に仰天。

 

2006

3月、「カフーを待ちわびて」で小説家デビュー

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