高田郁 「銀二貫」

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高田郁 「銀二貫」

安永7年(1778年)睦月、大坂の寒天問屋「井川屋」主人和助は、建部玄武が彦坂数馬を仇討ちしようとする場面に遭遇する。

数馬は玄武に斬られて瀕死の重傷を負い、10歳になるその子鶴乃輔が玄武から数馬を守ろうとしていた。

和助は、前年師走の19日の大火で焼失した天満天神宮への寄進のために都合した銀2貫[注 2]を玄武に渡し、代わりに仇討ちを断念させる。数馬は亡くなったが、鶴乃輔は井川屋に寒天を納めている美濃志摩屋で1か月の修行をした後、井川屋の丁稚松吉として新しい人生を送ることとなる。
松吉は15歳になり、井川屋で働くようになって5年たったが、信心深い善次郎は、未だに天満宮に寄進するはずだった銀2貫で松吉が買い取られたことに納得できず、何かにつけて松吉に嫌みをぶつけていた。
摂津国の原村にある半兵衛の寒天場に修行に出して欲しいと和助に願った。
こうして、松吉が腰の強い寒天を作るための、長きにわたる試行錯誤の日々が始まる。
腰の強い「糸寒天」を作ることができたが、今まで使っていた丹後産の天草が使えなくなったため、来年は糸寒天が納められなくなったという。そこで和助と善次郎は伊豆産の天草を仕入れることができるようにと、ようやく貯めた銀2貫を、迷いもなく差し出した
ある日主人に勧められ、母親の墓参りをする松吉。貧しかった故郷は一変し豊かな田畑が広がっている。
建部玄武が銀2貫もの大金を差し出し、新田開発を提案した。そのおかげで希望を見いだした藩士たちは、刀を捨てて田畑を耕し、天明の大飢饉も誰も欠けずに乗り越えたという。
そして、松吉は新しい糸寒天を使ったお菓子を作りだす。

お金の使い方を考えさせられる小説です。
みをつくし料理帖とも少し関わりがあったりします

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