重松 清『かあちゃん』

LINEで送る
Pocket

埼玉県草加市でラジオネーム  お茶っぱスケーター

重松 清『かあちゃん』

「かあちゃん」の感想
息子として、ある程度年齢を重ねれば、母への感謝として、楽をさせたい、
健やかに幸せであって欲しいと願うものだと思います。
それらを全て拒絶し、浄水器の水を飲む事すら贅沢故に、
敢えて水道水を飲むという徹底ぶり。
正直、そんな所まで見ていないのに、と思ってしまいますが、
この「お母ちゃん」はそれすらも自らに許しません。
とても苦おしい そして、そんな事を20数年間も続けている。
僕自身は自分に甘いので ここまで出来ないですし、
自分の母がそうだとしたら、とても いたたまれません。

「この本との出会い」
重松清作品、テーマが重いからと敬遠しがちでしたが、
朗読を聴いた後でも、もう一度本で読み返したいと、頁を繰る手が止まりませんでした。
子を大事に考えればこそ こうせざるを得ない
「私が(夫の)償いをしますから、子供には罪は無いのでこの子は許してあげてください」
この「お母ちゃん」が故同僚の葬儀で土下座して言った言葉でした。
滂沱の涙を禁じえませんでした。
自分自身が親になり その気持ちは痛いほど理解できます。
この子を守るため、この身を犠牲にしても……
しかし、これは口で言うほど簡単ではない事も充分理解も出来ます。

「お茶っぱスケーター」さんの「母の想い出」

僕が思春期の頃 その母の優しさを疎んじたり、
一緒に居る事、人前で喋ることさえ気恥ずかしかったり。
その頃父は夜 素面(しらふ)だった事がないほどの呑兵衛で大嫌いでした。
酒癖も悪く散々家族にも迷惑かけどおし。
いつも尻拭いは母の役目でした。
自営業で景気の良い時期もありましたが、僕が小学高学年の頃は夜 居酒屋で働いていました。
そんな母の大変さに気付いたのは、愚かにも十代後半でしょうか。
だんだんと母に対する気持ち、有り難みは変わってくるものの、言葉や態度に表す事ができません。
体は丈夫な母、70を超えても毎日8キロのウォーキングを欠かしませんので、
あまり体の心配はした事がありませんでした。
孫である我が子達は、自分たちより余程 達者 元気 と言っていたくらいです。
それが、ある日思いがけない外出先で母とばったり出会ったとき、
その体の小ささに愕然としました。
会う覚悟をしてない時に遭遇した母、こんなにも老人なのかと。
母が住む実家には車で20分程度。
親孝行と思っていても なかなか気恥ずかしさが邪魔をし、
言葉や行動に移すことすら難しいものです。
母がポツリと言いました。声を聴かせてくれる事、顔を見せてくれる事、
孫とおしゃべりをする事、食事をする事が一番の楽しみだと。
楽しい事 賑やかな事が大好きな母ですが 望む事は ほんの些細な事でした。
桜をあと何回見られるものかと先日も言っていた 70後半を迎えた母ですが、
こんな事で喜んでくらるのならば、少しでも多く孫たちとわいわいと騒ぎ、
笑いあう機会を増やしてあげたいと思っています。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください