あだち充 「タッチ」

LINEで送る
Pocket

茨城県 とら子さん
あだち充 「タッチ」

「タッチ」の魅力
タッチの魅力を一言で語るのは難しいですが、もし一言だけ抜き出していいとしたら
「登場人物の心の動き」でしょうか…。
当時この漫画を読んだのが思春期、ということもあり、
自分自身の心が揺れに揺れ動いてる時でもありました。
テレビで野球を観るのが好きだったからでしょうか、この本には違和感なくスッと入っていきました。
主人公で甲子園を目指す双子の兄弟、幼馴染みの南によって話が展開していくのですが、
登場人物の小さな心の動きによる漫画の表現の仕方などがとても印象的でした。
身近な人が亡くなり残されたものの切ない思いや周りの事象に
いちいち胸が込み上げキュンキュンしながら読んでいたことを覚えています。
でも恋愛的なことばかりでなく、ベースは甲子園を目指していく話なんです…
ときめきと感動涙ありでした。
タッチは当事人気の漫画ではありましたが、この作家さんだからとか…
人気漫画だから、と言うよりも、私にとって出会った時期というのはとても大きかったと思います。
小学生の時に読んでも大人になってから読んでも、ここまで大きく心には響かなかったかと思います。

② 「タッチ」との出会い

兄が持っていた…という事が一番大きいです。
またそれ以外にも、私自身が野球観戦が好きだったこともあり、
漫画の中で野球の世界を覗いてみたい願望があったのかと思います。

③ スポーツに関する思い出

私の子どもの頃の遊びは毎日がスポーツでしたから、
日常的にどのスポーツも経験してたように思います。
例えば、バレー、陸上、サッカー、ラグビー、テニス、バトミントン、バスケットボール、スイミング、騎馬戦、縄跳び、鉄棒登り棒、うんてい、ボーリング、竹馬、ゴムとび…
などなどという具合に小学生でこれら全てを遊びの中で体験しています。
中でも、私が小6だった頃は日本の女子バレーのモントリオールオリンピックの時で
全盛期だったこともあり、その影響はとても大きかったです。
休み時間はほとんどバレーボール、私もマイボールを買ってもらい学校から帰ると
毎日サーブやトスの練習をしていましたので、中学の部活は当たり前のようにバレー部に入りました。
しかしながら、憧れのバレーボールへの憧れも見事に砕かれたのです。
入部した夏に腕を複雑骨折し、ギブスをつけ3ヶ月の安静。
一年生の夏と言えば当時レギュラー争いの大事な時期、
日々の積み重ねと闘いの日々なのに部活に出られない悔しさと情けなさで精神がボロボロでした。
周りの友人はどんどん上達し自分だけが頑張れないという疎外感も含めて
バレー部に所属していること自体が苦痛になり、秋には退部を決意しました。
それがスポーツでの初めての挫折です。
挑むこともなく終わってしまった夢…現実を叩きつけられましたね、
諦めてしまった自分への弱さも含めて。

その後二年生の春まで帰宅部だったんです、辛かったですこの時期も…引きずってましたから。
放課後になると二階の教室から友達とお喋りしながら部活の様子をよく見てました。
中でも特に野球観戦をしてたのは、野球が好きだし、
野球部に思いを寄せる人も居たのでその時間が密かに心の拠り所になっていて、
嫌な思いを一時でも忘れた瞬間でした。
今だからこそ感じることですが、この時期の友人の存在ほど大きいものはないですね…。
でもこれではいけないと思った翌年の春休み、
思い立って途中からでも入部が可能なバトミントン部に入部しました。
先輩はかなり厳しかったけど、顧問が本当に穏やかでいい先生でしたので最期まで続けることができ、試合にも普通に出させて頂きました。
でも、本当に好きなスポーツを出来なかった三年間の思いと、
バレーの傷は大きく心のどこかでずっと挫折感を抱いていたように思えます。
もっと薔薇色の中学生活をイメージしてたのですがね…(笑)、今思えば苦しいことの方がかったです…。
と言うわけでスポーツに関する印象的な思い出は「挫折」に他なりません…😄

最後に、このラジオに出させてもらうことがきっかけで、過去の色んな思いを甦らせて下さったぐーりんさんに心から感謝します。心の奥底にしまってあったものが、こういうきっかけで文章により引き出されるって意外にスッキリするものだなぁ~と思いました。

♫モントリオールオリンピック 1976年
騎手 猫田勝俊 (男子バレーボール) 天井サーブ
女子バレーボール 当時のソ連を破っての金メダル
女子バレーが五輪種目となり4大会目。
過去3大会の決勝はいずれも日本とソ連の対戦だった。
東京では初代チャンピオンとなった日本だが、68年メキシコ、
72年ミュンヘンではソ連に敗れている。
モントリオールに出場する全日本の指揮を執るのは山田重雄監督。
メキシコ五輪監督として銀メダルに終わり「金メダルをなくした男」と酷評された。
リベンジの舞台だった。
エースアタッカーの白井貴子、センターの前田悦智子らの世界選手権Vメンバーを
当時世界一といわれたセッターの松田紀子が操った。
松田―白井ラインで、低くて速い平行トスで相手ブロックを翻ろうする“ヒカリ攻撃”など、
対ソ連用の秘密兵器も開発。
実績、経験全てにおいて「世界一」の準備は整っていた。
(当時のスポニチより)

その他、
モントリオールオリンピックでは、金メダル 9個 銀メダル 6個 銅メダル 10個獲得
そのうち女子はバレーボールの金メダル1個だけで後は全て男子が獲得しています。
どんな人が出ていたかと言うと
陸上では室伏重信、室伏広治のお父さん
宗 茂 ⇒ 双子のマラソンランナーで宗 猛さん(弟)旭化成 瀬古利彦(早稲田)
男子体操 監物永三・塚原光男
女子体操 岡崎聡子
柔道 メダル 5個 そのうち旭化成の上村春樹さん以外は警察官
射撃の選手 殆ど自衛隊員

第30回 2012年 ロンドンオリンピック ポールマッカートニー
金メダル 男子3 女子 4
銀メダル 男子8 女子 6 (女子サッカー)
銅メダル 男子10 女子 7 (女子バレー)
…と女子の活躍

団長 上村春樹
騎手 吉田沙保里 レスリング
錦織 圭 準々決勝敗退
バレーボール女子 団長 荒木田裕子(モントリオール金メダリスト)

モントリオールとロンドンを比べて
新しい種目 ビーチバレー、シンクロナイズドスイミング、トランポリン、マウンテンバイク、テコンドー
モントリオールオリンピック
アフリカの22ヵ国(タンザニアが主導):ニュージーランドのラグビーチームが
人種差別政策(アパルトヘイト)を続けていた南アフリカ共和国へ遠征したことを巡り、
IOCがニュージーランドの参加を禁止しなかったことを受けてのことである。
また選手を派遣した国も、幾つかは途中で引き上げさせた。
中国:中華民国政府の統治する台湾からの選手出場を理由に、
メルボルンオリンピック以来6回目の大会ボイコット。

ロンドンオリンピック
これまでイスラム教の戒律に基づき、男性しか出場させていなかった
サウジアラビア、カタール、ブルネイが女性選手を派遣することになり、
オリンピック史上初めてすべての国・地域から女性選手が参加できる大会となった。
参加標準記録を満たせなかったなどの理由で女性選手が参加しない2チームを除く、
202の国と地域が女性選手を派遣したが、男性が出場しない国・地域もあった。
また本大会はボクシングで女子種目が新たに採用され、
主要種目の新体操とシンクロナイズドスイミングを除き、全26競技で男女の競技が実施された。新体操とシンクロナイズドスイミングでは女子種目のみが採用されており、男子の参加は果たされていない。
因みに、男子新体操は日本発祥の競技であり、2000年頃から国際化の取り組みが始まった。
⇒ 2016リオデジャネイロオリンピックでもまだ女子だけです。

 

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

LINEで送る
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください