「ムスメと私の部屋」佐藤愛子

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東京都 ラジオネーム エルフィー

一番好きな作家さんは佐藤愛子さん

佐藤さんの著書でオススメの1冊

至難の技です!
作家デビューから67年。
その中から、たったの1冊は無理〜〜!
そこで一番初めに読んだ
「ムスメと私の部屋」
にします。

① その本のオススメどころ

お嬢さんの響子さんとの日常のやりとりを書いたエッセイ。

当時の響子さんは中学生。根強いファンがいる人気シリーズ。
「ムスメと私とムスメのムスメ」までいきました。

② その本との出会い
「このムスメ、あんたとそっくりよ」
と母に言われて読んだのが出会いです。
母の本棚には佐藤愛子さんの著書がずらりと並んでいました。

③ 佐藤愛子さんの魅力
中学生の頃からずっと愛子さんを読んできたので、愛子さんや響子さんの半生につきあってきたような錯覚があります。
爆笑エッセイやユーモア小説だけでなく、家族のことを書いた「愛子」「女優万里子」「血脈」「晩鐘」は、愛子さんご自身の人生そのもの。
二度の離婚、別れた夫の元に置いてきた娘の病死、奔放な腹違いの兄たち、さらには愛子さんを襲った長く長く続く心霊現象のことまで。
作品に傾向がないのです。
愛子さんの人生のすべてがご著書に詰まっている。
ファンとして一緒に生きてきた気がします。
私は44年かけて読み続けてきたので、ほとんどの作品を読んで来られたけれど、今から読もうとする方は膨大な量なので無理。
「娘と私の部屋」
「幸福の絵」
「冥土のお客」
「血脈」
「孫と私の小さな歴史」
このへんをお読みになれば、いろんな愛子さんを感じられると思います。

♬佐藤愛子

佐藤愛子は1923年生まれの小説家、エッセイストです。世相の乱れ等を厳しく批判する言動から「憤怒の作家」と言われることもあります。父は小説家の佐藤紅緑(こうろく)、母は女優の三笠万里子、異母兄は詩人のサトウハチローという芸能一家で育ちました。

作家活動を開始したのは、1950年。処女作は同人雑誌『文藝首都』に掲載された『青い果実』でした。その後、50年代は同人誌を中心に活動し、1963年に『ソクラテスの妻』『二人の女』で二度芥川賞候補に選出され、翌1964年には『加納大尉夫人』で直木賞候補に選出され、1969年に『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞します。

1960年代後半からは小説と並行してエッセイも書くようになっていきます。中でも1970年代後半から1990年代まで続いた「娘と私」シリーズによってエッセイのファンを開拓しました。

 

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