「クライマーズ・ハイ」横山秀夫

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「おススメの山の本」

兵庫県 ラジオネーム かのんぱぱさん

「クライマーズ・ハイ」横山秀夫

オススメどころ
随所で、元記者である横山秀夫のただならぬ作品に対する意気込みが感じられます。
果たして彼はこの会心の力作を書くために作家になったのではないか、と想像したほど。
ジャーナリズムの現状をリアルに描き上げる、元記者だからこその、無駄のない、
しっかりした構成も見事です。
読み終えて唸るまで、頁をめくる手を止めることが出来ませんでした。
「クライマーズ・ハイ」ならぬ「リーダーズ・ハイ(Readers high)」でした。

②本との出会い
8年前に古本屋でたまたま手にしたのですが、当時大学生だった妹が、当時教員をしていた私に、簡単な書評を依頼してきたので、これにしようと思い、読んだのでした。
ちなみに妹は現在、教員としてたくさんの本を学生たちに紹介しています。
③山に関する思い出
大学2年の時に、同じクラスの親友が長野の常念岳という山に篭ってしまい、彼を呼び戻す説得をするために、クラスの仲間や先生と半日かけて、その山を登ったこと。
登山経験のない僕たちはジャージやジーンズという姿で、Tシャツには「祭」とプリントされていたり。。
登山口で、本格的な登山服を着ている人たちを横目に「えっ、どうする?大丈夫かな、俺たち、、、」と不安を隠しきれない仲間たちを励まそうと、
「あそこにあるスローガンでも元気に読み上げて、気合いれようぜ!」と、僕は言ったのでした。

そこに書かれてあったのは「引き返すのも一つの勇気」(汗)
頂上で飲んだビールとメンマの味。
「山籠りの彼」と仲間たちと、常念小屋の屋根に登って眺めた星空は、これからも忘れることはないでしょう。

「その後彼は??」

そのあと1ヶ月山に残り、大学へは戻らずノルウェイに留学しました。
その後、同志社大学へ編入しますが、今でもたまに会う親友です^ ^

「横山秀夫」
東京都立向丘高等学校、国際商科大学(現在の東京国際大学)商学部卒業。
1979年上毛新聞社に入社。以後12年間記者として勤務。
1991年「ルパンの消息」が第9回サントリーミステリー大賞佳作を受賞したことを契機に退社。以後フリーランス・ライターとして『週刊少年マガジン』にて漫画原作(ながてゆか作画『PEAK!』など)や児童書の執筆、警備のアルバイトなどをする。
1998年に「陰の季節」で第5回松本清張賞を受賞し小説家デビュー。
2002年、『半落ち』が第128回直木三十五賞候補作となる。
同作品は2004年1月に映画化(佐々部清監督)され、横山は法廷記者としてエキストラ出演している。

文藝春秋のホームページ 本の話WEBより引用
『クライマーズ・ハイ』は警察小説群とはまた別の執筆動機がありました。
ただ、小説作りの考え方はどちらも同じです。
描こうとしたのは事故の巨大さではなく、地元新聞社の編集局内で吹き荒れる「コップの中の嵐」です。
その枠組みを崩さないために、主人公の悠木を一度も墜落事故現場の御巣鷹山には行かせませんでした。
事故そのものは社会の一大事であっても、担当デスクを命じられた悠木にとってはもはや個人の一大事であり、その立場から絶対に逃がすまいという思いでした。
それと、墜落現場を直接的に描かなかったのにはもう1つ理由があります。
実は事故当時、私は現場担当で、墜落翌日からほぼ2カ月間、毎日のように取材で御巣鷹山に登っていました。
それを知っていたんでしょうね、デビュー前のことですが、ある編集者からノンフィクションで御巣鷹山の取材経験を本にしないか、と。
ちょうどその頃、漫画が打ち切りになって生活も困窮していたので、ぜひ書かせてください、と。あさましい話ですが、その時一瞬、これを書いたら世に出られるかなあ、と思いました。
実際に書きはじめて、でも結局書けなかった。
コペル君じゃないけど、熱を出して数日寝込みましたよ。で、その時、誓いました。
いつかもしあの事故のことを何かの形で書くことになったとしても、それは金に困っていない時に書こう、と。
小説家としてデビューした後は、逆にあれだけの経験をしていながら何も書かないことのほうが不自然な気がして、なんだか窮屈な思いをしていました。
あの事故を避けている、逃げている、って。
順調に本も出せて生活も安定してきていましたが、それでも一度は世の中に出る道具と考えた取材経験をもとに小説を書くのは嫌でした。
だからこそ墜落現場を描かない『クライマーズ・ハイ』の発想が出てきたんだと思います。
取材経験を封印することは「コップの中の嵐」を描いてきた自分の作風とも合致する。
今にして思えば、あの細い道しかなかった。逆に言うなら細いけれど道はあった。
鎮魂とも空の安全とも接点を持てませんでしたが、私の本もまた、あの巨大事故が風化を許すまいと書かせた1冊だったと感じてますし、この本を残せただけでも作家になった甲斐があったかな、と思ったりしますね。

 

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